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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)2358号 判決

事実

控訴人(金子)は洋家具の製造業を営んでいるが、本件手形はたまたま控訴人が経理事務担当者として雇用していた使用人の訴外伊藤伊太郎が、控訴人の承諾を得ないで振り出し交付したものであるから、控訴人には該手形振出人としての責任はないと主張した。

被控訴人(株式会社同盟広告社)は、本件約束手形取引当時には、訴外伊藤伊太郎が控訴人を代理して約束手形振出等の事務を取扱つていたので、被控訴人は本件約束手形振出についても同人に正当な代理権があるものと信じて取引をしたのであつて、被控訴人はかく信ずるにつき正当の事由があつたのであるから、控訴人は右手形行為についてその責任を免かれないものであると述べた。

理由

訴外伊藤伊太郎は洋家具の製造業を営む控訴人方に経理事務担当者として雇われ、その使用人として経理事務を扱うとともに銀行取引及び小切手、約束手形などの発行のことにもたずさわり、其の間控訴人からその事務のためにその印鑑並びに記名用ゴム印を預かつていて、随時控訴人の命により控訴人名義を以て小切手又は約束手形などを振出していたものであるが、本件手形は右伊藤が、当時控訴人の取引先であつた株式会社朝日通信者の代表者勘沢よし子から手形割引の方法による金融を依頼され、あらかじめ控訴人の承諾を得ることなくその保管にかかる控訴人の印鑑及びゴム印を使用してこれを振出し交付したものであることが認められるが、証拠によれば右手形の見返りとして伊藤は勘沢から同人振出にかかる手形を受取りこれを控訴人に交付したこと、元来右勘沢と控訴人との間には伊藤を介し相互に手形を交換して割引による営業資金の融通を受けていたものであることも又これを認めることができるから、本件手形の振出については伊藤がたまたま控訴人に無断で振出したものではあるが、少くとも勘沢との関係における手形振出については伊藤は控訴人からその権限を委されていたものと認めるのが相当であり、仮りにしからずとしても、凡そ営業主がその使用人に対し自己の印鑑を交付しておいて、営業主の名義を以て手形行為をなすことを委任しているような場合においては、たとえ個々の手形振出についてはあらかじめ営業主の承認をうることを要するものとしていてしかも使用人が事前に承認を得ないで手形を振出したとしても、第三者はその使用人が常に本人を代理して手形行為をなす権限があるものと信ずるのはむしろ当然であるから、その使用人が営業主の命令又は承諾なくして本人の印鑑を使用してなした手形行為についても、営業主はその手形取得者に対して手形上の責任を負わなければならないものと解するを相当とし、従つて控訴人は右伊藤伊太郎のなした本件約束手形振出行為についてその責を免かれないものといわねばならず、控訴人の主張は理由がないとしてこれを棄却した。

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